何の変哲もない高校生が、たった1年で東大合格を目指すという趣旨で人気を博している「ドラゴン桜」。
ドラゴン桜は2003年に連載を開始し、ドラマ版のヒットで大きく知名度を上げましたが、2018年からは続編の「ドラゴン桜2」が連載開始しています。
(初代では落ちこぼれが東大を目指す話でしたが、2では舞台の龍山高校が進学校として名を上げたために、一般的な高校生が対象となっています)
さて、ドラゴン桜2に日本人が英語を喋れない理由とその独特な学習法が掲載されているとして話題になっています。
ところで私は初代から楽しく読ませてもらっていますが、以前からこの漫画の学習法は根拠がなく、ひいては誤った学習法に誘う可能性があると考えていました。
今回はなぜドラゴン桜2の学習法を鵜呑みにしてはいけないのか、皆さんにとっても身近な例を踏まえて解説していきます。
目次
ドラゴン桜2による英語学習法とは
まずドラゴン桜2では東大に合格するための英語学習法がどのように紹介されているのか、百聞は一見に如かずなのでこちらのツイートをご覧ください。
This is why!
I will not give up my dream.
This is an important point.
I write English sentences everyday from today. pic.twitter.com/pwJNIWRRlu— たいぽーEnglish account (@4lUkoi3DVIpmIDT) July 11, 2018
「ドラゴン桜2」の今週のメルマガ。桜木先生は「日本人が英語が話せない理由は、英語を日常生活で使う機会がないからだ」と指摘し、英語でアウトプットする機会を増やすように指示する。たしかに、たとえ小学生であっても、実際の外国人と英語で話す機会をつくると、彼らの英語力は飛躍的に向上する。 pic.twitter.com/E8fWHO4ILo
— 前田康裕 (@yasumaeda) July 11, 2018
要は「日本人が英語が苦手なのは使い機会がないからだ」として、女性キャラクターには毎日20ツイートの英文を書くこと、男性キャラクターにはYouTuberになって英語で動画を発信することを提案しています。
使う機会を増やせば脳が必要な情報だと認識して、英語の吸収力が増すというのが理論的な柱のようです。
この内容には賛否両論あるようですが、少なからず感化されている人もいます。
結論から言うと、この学習法を独学で続けると間違いなく頭打ちになって、思うような成果は上がりません。
最近の若い世代の人は知らないかもしれませんが、90年代後半~00年代前半まで英会話ブームが起きて、テレビをつければ英会話のCMが流れるという状況で、実際に多くの人が英会話を体験しました。
結果はどうなったのかというとほぼ壊滅状態です。なぜならアウトプットだけしても英語は上手くならないからです。
ただし例外として幼少期に英語漬けの生活をすればバイリンガルになれる可能性が高くなります。しかし言語習得能力は幼少期を過ぎると著しく落ち、大学生にもなる頃には血の汗をかくような努力をしなければバイリンガルになることはできません。
そもそも英語を使うだけで上達するのなら、メジャーリーグで何年も戦っている日本人選手はすぐに流暢になれるはずが、お世辞にも彼らの英語は上手くはありません。
例外として長谷川滋利選手や、ダルビッシュ選手のように勉強熱心な人のみ英語がみるみる上達しています。同じ英語圏にいるのに人によってなぜこれほど差が生まれるのかを考えるべきです。
ドラゴン桜は自己啓発本の漫画バージョン
ネットの普及によって日本だけでなく世界的に書籍が売れなくなってきていますが、その中で「自己啓発本」はよく売れています。
自己啓発本というとホリエモンこと堀江貴文さんが代表的で、”激動の時代を生き抜くユニークな方法”や”自分の能力を高めて社会的な成功を収める方法”を爽快に書き綴ったものです。
日本ではほんの30年ほど前まで、「普通の人間な安定した企業に勤め、定年まで勤めて、老後は悠々自適に過ごす」といった理想像を誰一人疑っておらず、実際に経済成長によってそれが実現しかけていました。
しかしバブル崩壊によってその淡い理想は打ち砕かれ、一方でITが急速に発展し、孫正義さんや三木谷浩史さんといった大富豪がIT畑から生まれたことで「考えなしに大企業に行くやつはバカ」というカウンター勢力が強くなり始めたのです。
2000年代には堀江貴文さんや西村ひろゆきさんらがSNSや動画サイトで強い影響力を持ち始め、IT世代の人による成功体験が、没落する旧時代のモデルを否定することで、現代に生きる人々のマインドに強く刺さりました。
(自己啓発本に感化されて保守的な価値観を批判するものの、かといって自分で行動を起こさない人のことを「意識高い系」と揶揄したりもします)
自己啓発本はそういった時代を背景にしているためよく売れるのですが、自己啓発本は人の心に強く刺さる一方で、著者の成功体験に根ざしているので客観的な根拠がなく、その経験を一般化できないというデメリットがあります。
例えば、皆さんが尊敬してやまない人が「努力すれば夢は叶う」と訴えかけたとします。しかし本当は才能がなければ実現できないことなのに、才能がない人がそれを鵜呑みにして、若い時間を大量に投下してしまうと、本来別のところで得られた経験やスキルを失うことになります。
アスリートは人並み外れた運動能力と、涙ぐましい努力をしているのに食べていけるのはほんの一握りです。逆にスポーツに打ち込まずに普通に社会活動をしていれば、特別な才能がなくても大多数のアスリートより高収入が得られます。
もちろん夢を持って努力をすることは素晴らしいです。しかし一般化できない体験にはこのようなリスクを孕んでいることは確かなのです。
そしてドラゴン桜もまた同様の性質を持っており、読んでいると楽しく全能感に満たされるものの、そこに合理的な根拠はなく、また気づかないうちに意見を撤回していることがあります。
実はドラゴン桜(初代)の4巻では英語学習についてこのような主張をしていました。(※該当部分はこちらから試し読みができます)
日本人は英語圏以外では英語が得意な国。欧米人ということで英語が得意と思われがちだが、ヨーロッパの人たちでも英語は苦手。フランスやドイツ、イタリアでも英語教育に頭を悩ませている。
むしろ一般国民への浸透度からすれば日本人は格段に英語に英語に慣れ親しんでいる。むしろ自国語を英語化することに抵抗感が全くないと言ってもいいくらいなんだ。
初代では日本人は英語圏の中では英語が得意という意見でしたが、翻って2018年のドラゴン桜2ではどのように主張しているのでしょうか。
日本人がなぜ英語を話せないかわかるか?それは日本人が英語を使わないからだ。
日本人は日常生活で英語を使う機会が全くない。日本語だけで何の不便も感じない社会なので英語の能力は求められないんだ。
使わないから覚えない。これが日本人が英語を苦手とする理由だ。
なんと今度はハッキリと「日本人は英語が苦手」と反対の主張をし、初代では「日本人は英語に慣れ親しんでいる」としていたのが、「日本人は日常生活で英語を使う機会が全くない」と意見が変わっています。
一つ断っておきたいのは私はドラゴン桜という漫画を糾弾するつもりはなく、初代から全巻揃えているほどのファンです。
それはドラゴン桜は自己啓発本のように読むと賢くなったかのような感覚が得られるのが楽しいからです。ただし実際に漫画の中で説かれている学習法を顧みるとこのように自己矛盾をはらんでいたり、客観的な根拠に乏しいものばかりです。
漫画として楽しむ分には良いですが、これを根拠に自分の限られた時間を費やすのはリスクが大きすぎるのです。
日本人は結局英語が得意?不得意?

ドラゴン桜の初代では「英語が得意」、2では「英語が苦手」となっていますが、実際のところ日本人は英語が得意なのでしょうか。
結論から言うと、先進国で日本ほど英語が苦手な国はありません。ブッチギリです。
私はオランダに滞在経験がありますが、オランダの人は高齢者を除いてほぼ全ての人が英語を話せます。アウトロー系のヤバそうな人でも英語のコミュニケーションは問題ありません。
また欧州でも英語が苦手とされるイタリアでも、若い人は大抵簡単な英語なら話せますし、日本人のようにフリーズすることはありません。(年配の人は苦手みたいですが)
なぜそれほど日本人が英語が苦手なのかというと、内向きだからとか色々理由をこじつけられますが、一番の理由は日本語と英語の親和性がとても低いからです。
欧州ではオランダ語が英語と、とても距離が近い言語なのですが、オランダ語の話者は約600時間ほど学習するだけで英語のコミュニケーションを取れるようになるそうです。だから教育をまともに受けてないアウトロー系の人でも普通に話せるのです。
逆に日本語は漢字もあれば独特のコンテキストもあり、さらに文の並び順まで全く違います。(中国は漢字ですが文の並びが英語に似ているので、中国語の方が親和性が高いです)
それでは同じくらいの時間を費やしてもオランダ人と同じように成長するわけがありません。
英語と対象的に覚えやすいのは韓国語です。試しに韓国語の単語を調べて見ると分かると思いますが、日本語とそっくりの単語がたくさんありますし、文法表現もとても似ています。
ところで韓国は日本以上に教育熱心で、日本より少ない人口で英語圏への留学者が何倍も多いなど、外向きの国民性で知られていますが、それでもTOEICの平均点では48カ国中30位と下位です。(※日本は40位)
もちろん日本人が内向きだからとか、英語を普段目にしないとか細かな要因はいくらか寄与しているでしょうが、大本の部分は英語と日本語の親和性が低く、他国の話者と比べると習得にかかる時間が桁違いに大きいことであるが分かると思います。
「使っていれば上手くなる」のはウソ
今回のドラゴン桜に限らず、英語学習において頻繁に登場するのが「英語は使っていれば勝手に上手くなる」という説です。
これが懐疑的なのがすぐに分かる例として、野球のイチロー選手、サッカーの本田圭佑選手は10年以上に渡って英語でコミュニケーションを取る生活をしていますが、彼らの英語は決して上手くありません。

(By Светлана Бекетова [CC BY-SA 3.0 GFDL, CC BY-SA 3.0 or GFDL], via Wikimedia Commons)
もちろん上手くないからダメだと頭ごなしに否定しているのではなく、文法や発音が綺麗でなくてもコミュニケーションは取れますからその部分は問題ありません。
しかし実際、彼らの英語をネイティブからすると、日本のバラエティに登場する外国人タレントよりも語彙や文法が乱れていて、訛りもキツイように聞こえているはずです。
「イチロー選手も本田選手も活躍してるから良いじゃないか」と思われるかもしれませんが、彼らは人並み外れたパフォーマンスを持つアスリートだから重宝されていますが、もしも取り立てて専門技術がなければどうでしょうか。
例えば日本で会社を経営していて、二人の求職者が来たとします。同じくらいの専門技術ですが、一人は日本人でコミュニケーションが円滑に取れて、もう一人はカタコトの外国人で早い会話についてこれません。
この場合、日本人のほうが言語や文化的に順応しやすいですし、何よりビザの問題なども発生しませんから、言語が未熟な外国人を採用するのはとてもリスクが高いと判断されるのです。
また專門度の高いホワイトカラーにもなれば、日本よりも激しいディスカッションが行われますし、その時に拙い英語力であればとてもついていくことはできません。
あくまでイチロー選手や本田選手は一握りの才能を持った人物だから通用しているのであって、普通の人が英語圏に飛び出しても語学の面でつまずく確率はとても高いのです。
実際に私の兄は基礎的な英語学習を疎かにしたままシンガポールで働きましたが、1年経ってもビジネストークに全くついていけずに戦力外として帰国させられることになりました。
海外は日本のように解雇規制が厳しくないので、言葉も満足に使えない外国人なんてすぐにクビを切られてもおかしくありません。
不思議と誰も言わないのですが、英語の基礎がない日本人がいきなり海外に飛び出したところで、何年立ってもカタコト止まりです。「使っていれば勝手に上手くなる」なんてことは淡い理想でしかないのです。
インプットもアウトプットも同じくらい大事
ではどうしたら英語が上達するんだということですが、それについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
「座学だけやれば英語が話せるようになるわけではない。ただし座学をしっかりこなしていないと、いくらアウトプットしてもすぐに英語力が頭打ちになってしまう。だからまずは座学をきっちりこなして、その後にアウトプットの練習をしましょう。」
物凄く単純化して説明するとこのようになります。
結局のところ単語や文法を知らなければ、何度の高いセンテンスを理解できませんし、センテンスが理解できなければ聞き取れず、聞き取れなければ会話が成り立たちません。
例えるなら単語や文法力はランニングや筋トレ、リスニングやスピーキングは実践練習です。
ランニングや筋トレだけしてもスポーツは上手くなりません。しかし実践練習だけやっても基礎がなければすぐに頭打ちになるので、基礎ができてから実践練習を積めば、もっとパフォーマンスを高められますよね。
でもどちらが大事かというのは比較できません。どちらも両立して始めて英語で円滑にコミュニケーションが取れるようになるので、どちらもしっかりやりましょうというのが私の結論です。
最近の英語学習に対する風潮は「とにかく実践練習をしろ」ということに傾倒しすぎていて、これではいつまで経っても英語圏で仕事ができるほどの英語力が身につかないのではないかと危惧しています。
辛くて地味な作業ですが、単語や文法力、そして文章の精読力を地道にあげることの必要性をブログを通じて発信しています。
自己啓発に惑わされないために
改めてになりますが、私は自己啓発本そのものを否定しているわけでありません。
人間が主体的に社会的なスキルを身につけるには高いモチベーションが必要で、自己啓発本は確かに専門書よりも人々のマインドに深く刺さる要素があります。
しかし自己啓発本はあくまで著者の経験に根ざしたもので、それは読者全員に一般化されたものではないので、自己啓発本の通りに行動しても思い通りの結果にならないことがほとんどです。
今回取り上げたドラゴン桜の英語学習法もそうですが、書かれていることが一般化されているのか、あるいは自分のスキルや環境にフィットするのかをぜひ考えて頂ければと思います。
また当ブログでは英語学習にまつわるトピックを継続して投稿していますので、他の記事もぜひご一読下さい。