山本アーセンはRIZINでも活躍できるか?東京オリンピックも期待されるレスリングエリートについて紹介。

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どうも、ゴトーだ。

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俺は三度の飯より総合格闘技が好きでな。
中でも低迷する日本格闘技の中でもトップレベルの才能を持つ山本アーセンには注目している。

格闘エリートの山本家の集大成であるとともに、一人のアスリートとしても無限の可能性を持つ選手だ。

山本アーセンとは

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山本アーセンはアマレスラーであり、総合格闘家。
アーセンという名前だからハーフっぽいが、生粋の日本人だ。(「名前の由来」で詳しく説明)

そして着目すべきところとしては、あの山本ファミリーの息子だということだ。

母親は山本美憂、叔母は山本聖子、叔父は山本KID徳郁、祖父が山本郁榮。
さらに山本聖子がダルビッシュと結婚したことで、ダルビッシュとも親戚関係になってしまった。

アーセンも全国少年少女レスリング選手権や、レスリング世界カデット選手権(16・17歳の部)などで優勝したレスリングエリートで、東京オリンピックのメダルも期待されている。

もともとはリオオリンピックでの金メダルを目指していたが、それが叶わず、現在は総合格闘技とレスリングを平行してこなしていて、総合格闘技ではRIZINに出場している。

総合格闘技ではまだキャリア1年ほどだが、高い潜在能力で2戦目にして勝利を収めている。

名前の由来

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山本美憂の1人目の結婚相手である池田伸康との間にできた子供がアーセンだ。
ちなみに山本美憂は3度結婚していて、全員がプロアスリートで、池田伸康も浦和レッズでJ1に100試合以上の出場歴がある優れたミッドフィルダーだった。

アーセンの出生名は「池田怜」だったが、山本美憂が離婚し、格闘家のエンセン井上と結婚した時にハワイに移住し、その時に「アーセン」に改名している。

これはギリシャの「アテネ」が由来になっていて、なぜかというと2004年のアテネオリンピックから女子レスリングがオリンピック種目に採用され、母親の美憂がアテネオリンピックに向けて現役復帰することを決めたことから来ているらしい。

なぜアテネではなくアーセンなのかというと、古代ギリシャ語でアテネを「athene」と表記して、それを英語で読むとアーセンと読むからだと思っている。(推測だけど、古代ギリシャ語の下りは本当)

後ほど詳しく説明するように、山本一族にとってオリンピック出場は悲願であり、一族に脈々と受け継がれているのを象徴する名前でもある。

山本アーセンの経歴

レスリング時代

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4歳の頃からレスリングを始めていて、7歳の頃に母の美憂がアテネオリンピックに出場できなかったことを受けて、オリンピック出場を志すようになる。

小学生の頃から頭角を現して、全国少年少女レスリング選手権では4度の優勝。
中1の時に全国中学生選手権で3位になった後に、ハンガリーに単身レスリング留学をしている。

ハンガリーではメキメキと実力をつけて、国内選手権で7連覇、2013年にはジュニアオリンピックカデットの部(16・17歳の部)で優勝。
さらに世界カデット選手権でも優勝して、この時の模様はTBSのドキュメンタリー番組の「バースデイ」でも取り上げられている。

同年代では世界のトップレベルであることを証明したことで、この頃から未来のメダリストとして期待されるようになる。
当初の目論見では2016年のリオオリンピックで金メダルを取って、オリンピックへの道は終わらせるつもりだったが、2015年にケガで全日本選手権に出場できず、リオオリンピックは断念。

そして2015年の9月には総合格闘技イベント「RIZIN」のオファーが来たこともあって、総合格闘家に転向している。
今は総合格闘技に比重をおいて練習しているので、レスリングをやめたと思われることもあるが、東京オリンピックの強化指定選手にも選ばれているので、レスリングも同時並行で続けている。

総合格闘家としてデビュー

2015年9月末にオファーがあり、それからわずか3ヶ月ほどの準備期間で総合格闘技にデビューすることが決まる。
しかもその相手は、グレイシー一族の正統後継者で、柔術世界王者のクロン・グレイシーだった。

余りにも分が悪く、ほとんど勝ち目がない試合だと言われていたのだが、アーセンはそれを快諾。
大晦日の試合では、打撃でも予想以上の適応を見せるが、グラウンドでは完全のコントロールされて三角絞めで敗れる。

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それでも、荒削りながらも、高い身体能力とポテンシャルは見せつける試合だった。
そして何より、客観的に見れば相性が最悪でほぼ勝ち目のないクロンとの試合を受けたということ自体が凄い。レスリングエリートという地位に全く甘んじていないことがわかる。

2016年9月にはあびる優の夫で有名な才賀紀左衛門との対戦。

メインカメラであびる優を抜いたり、観客席にいるあびる優の専用のマイクを設置したことで、試合よりもあびる優の方が印象に残るものだったが、9月の練習期間を経てさらに適応したアーセンは、レスリング技術で度々テイクダウンを奪って判定勝利。

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クロンとの試合はすぐに終わったので、その片鱗しか見られなかったが、こちらは20分フルに戦ったのでアーセンの実力がハッキリと出た試合になった。
打撃はまだ甘いところはあるが、K-1出身の才賀の打撃にも耐え、高い身体能力を存分に活かしたスープレックスなどレスリング技術は群を抜いていることが分かる内容だった。

10月には20歳にして、ハンガリー留学時代から付き合っていたハンガリー人の彼女と結婚。
アーセンいわく「俺の彼女の方があびる優よりも腹から声が出る」らしい。ちなみにメディアにもちょいちょい出ている。

山本一族について

山本ファミリーといえば、一族みなトップアスリートとして世間的にも知られている。
その輝かしい実績を紹介しよう。

父 山本郁榮

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1972年のミュンヘンオリンピックにレスリング代表として出場。
郁榮の57kg級は最も激戦区だったがメダルを期待される存在だった。

当時は冷戦真っ只中で、東側諸国に有利な判定が行われていたと噂され、郁榮は4回戦5回戦ともに東側諸国の選手に不可解な判定で敗れており、敗れた選手が金メダルを獲得したことから「幻の金メダル」とも評されたらしい。

ちなみに長女の美優はミュンヘンオリンピックのミュンヘンから、次女の聖子はオリンピックから名前を取っている。

KO負けした直後のKIDに「バカヤロー」と怒鳴るほど怖い親父だが、普段は超天然で子供たちからイジられているらしい。
ヒクソン・グレイシーと対談したのに、その息子のクロン・グレイシーだと1年間指摘されるまで勘違いしていたくらいの天然。

長女 山本美憂

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幼少期からレスリングの英才教育を施され、13歳の時にレスリング日本選手権優勝、17歳で世界選手権を史上最年少優勝し、3連覇を達成。

1995年の池田伸康と結婚して引退するも、1999年に復帰。さらに2000年にエンセン井上と結婚して引退するも、アテネオリンピックから女子レスリングがオリンピック種目になったことで復帰。

しかし選考大会で伊調千春に敗れてアテネオリンピック出場は叶わず、また全盛期を過ぎてからもロンドンオリンピック、リオオリンピック出場を目指していたが、どちらも叶わず引退。(リオオリンピックでは国籍をカナダに移すことが間に合わずに断念)

2016年には42歳にしてRIZINで総合格闘技デビューしているが、シュートボクシング王者のRENAに敗北。

次女 山本聖子

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年齢的には美優、徳郁、聖子の順で一番末っ子にあたる。
5歳からレスリングを始め、19歳でレスリング世界選手権優勝。姉の美優を超える4度の世界選手権優勝を誇る。

主に59kg級で戦っていたが、オリンピックにその階級が採用されず、一つ階級を落として55kg級で出場。しかしオリンピック選考大会の決勝であの吉田沙保里に敗れて出場は叶わなかった。
ロンドンオリンピックにも挑戦したが、日本選手権での敗戦でついにオリンピック出場の夢は絶たれている。

2015年にはダルビッシュとの子供を出産し、またも山本一族にアスリートの遺伝子が刻み込まれた。

長男 山本徳郁

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実は本名は岡部徳郁で、これは1999年に他界した母親の旧姓が岡部でそれを継いだと言われているが、調べた限り確定的な理由は書かれていなかった。

高校時代にレスリング留学でアメリカに渡り、アリゾナ州の王者に3度輝き、大学では全日本学生選手権で優勝。
1999年には全日本レスリング選手権大会準優勝が最高位。

シドニーオリンピック出場が叶わなかったことで、姉・美憂の当時の夫、エンセン井上の影響で総合格闘技を始める。

K-1やHERO'Sでは65kgに満たない体で、70kgの選手を次々と破りHERO'S初代世界王者に輝くなど、一躍時の人となった。
膝のケガをしてからは全く戦績は奮わず、ここ7年半で1勝しかしていないが、総合格闘技の軽量級におけるレジェンド的存在。

オリンピックへの悲願

一族の経歴を見てもらえれば分かるように、祖父の代からオリンピックへの悲願は続いている。

1972年にミュンヘンオリンピックで敗れた郁榮の無念を晴らそうと、美憂、聖子、徳郁の三兄妹がオリンピックに何度も挑戦したが、それも叶っていない。
特に美憂と聖子は女子レスリングがオリンピックの正式種目になるタイミングがもう少し早ければ、金メダルを獲得していた可能性は高いだろう。

さらにKIDは格闘家として絶頂にあった2006年に、北京オリンピックを目指すためにレスリングに復帰しており、こちらも試合中のケガにより夢絶たれている。

美憂も40歳を超えてからカナダに国籍を移してリオオリンピックへの出場を試みたが、残念ながら国籍変更が間に合わずに断念するなど、その執念は並々ならぬものがある。

アーセンがオリンピックを目指したのが、母親の美憂がアテネオリンピックの選考大会で敗れた時に記者の前で泣きながら謝罪しているのを見た時以来らしい。
もしかしたら本心では総合格闘技をやりたいのかもしれないが、一族の悲願として東京オリンピックが近づけばまたレスリングに専念するだろう。

大晦日に所英男と対戦

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アーセンの次の試合は大晦日に、所英男との対戦が決まっている。

所英男は「リング外では全く華がないが、リングの上では華の塊」(須藤元気談)という男で、普段はおどおどしていて何を言っているのかわからないが、試合になれば次々と技を仕掛けて絶対に試合を膠着させない名勝負製造機でもある。

HERO'SやDREAMでは山本KIDや須藤元気よりも高い人気を集めていて、大舞台になればなるほど、追い込まれれば追い込まれるほど物凄い力を発揮するスター選手だ。

出てきた当初は「戦うフリーター」と呼ばれていて、そぼろ弁当を食べている姿があまりにも印象的だったため、今では愛車ジャガーを乗り回し、タワーマンションに住んでいるにも関わらず「続・戦うフリーター」というニックネームになっている。
ちなみに童顔なので若く見えるが39歳の超ベテラン選手でもある。

9月にアーセンは才賀紀左衛門と僅差の判定で勝利しているが、去年の大晦日に所はかなり差を付けて才賀紀左衛門から一本勝ちを収めているので、下馬評では所有利と言われている。

どちらもキャラクターが立っている選手なので、なかなか楽しみな試合だ。