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「クラッシャー」川尻達也とは?PRIDE、DREAM、UFC、RIZINと渡り歩いてきた男の軌跡を辿る。

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どうも、ゴトーだ。

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俺は三度の飯より総合格闘技が好きでな。
もちろん「クラッシャー」こと川尻達也も好きな選手の一人だ。

川尻達也はPRIDE、DREAM、UFCと常に前線で戦ってきた日本のトップファイターの一人だが、とてつもない努力を重ねてきた男でもある。
そんな川尻達也の経歴を紹介していこう。

川尻達也とは?

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川尻達也は日本の総合格闘家で、RIZINに参戦することが決まっている。
画像を見ての通り、風貌からして無骨さが売りのファイターだ。

1978年5月8日生まれで、現在歳。

身長171センチ、体重は試合時に66キロで、フェザー級を主戦場としている。
ちなみに平常時の体重は80キロくらいあるらしく、厳しい減量を行っている。

ニックネームは「クラッシャー」だが、キャリア中盤以降は、手堅い戦い方をするようになって、打撃でのKOはかなり少ない。
「クラッシャー」という響きと、体つきからして打撃系のファイターかと思いきや、むしろ打撃は避ける方で、レスリングやグラウンドの方を得意としている。

キャリアの主な略歴としては、修斗では世界王者、PRIDEでは武士道のエースの一角、DREAMではタイトルにあと一歩届かず、UFCでは善戦したが及ばず、といったところだ。

実力はあるのは間違いないが、「ここで勝ったら川尻の時代だ」というところで負けてしまう印象が強い。

2014年からUFCに参戦して3勝3敗となったところで、自主的にリリースを申し出て、2016年の大晦日からRIZINに参戦することになっている。
おふざけカードばかりのRIZINの中では際立って実力派なので、ぜひ見て欲しい選手だ。

ゴトー's Eye

川尻は強いしファンも多いが、どういうわけかスターになれない。
ドラゴンボールでいうと典型的なベジータタイプだ。

実力 ★★★☆☆
筋肉 ★★★★☆
功績 ★★★★☆
惜しさ ★★★★★

川尻達也の経歴

アマチュア〜修斗時代

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幼少期の情報はほとんどなく、小中学校では野球部に所属。
土浦三高では陸上で800mの選手で関東大会に出場。(2分切るくらいか?)

中央学院大学の2年時に「野生のカリスマ」こと桜井マッハ速人に憧れて総合格闘技を始めている。

2年か3年を経て修斗という団体でプロデビュー。
ちなみにアマチュア時代に三崎和雄にKO負けしたことがあるらしい。

川尻は本番にそれほど強いタイプではないらしく、プロデビュー戦では実力が発揮できないまま1Rにチョークスリーパーで敗北。

その後1年間、体づくりから徹底的に行いそこからは連勝街道をひた走る。
14戦して、ビトー・"シャオリン"・ヒベイロという柔術が超強い選手にしか負けていない。

そして2004年にシャオリンにリベンジを果たして、修斗の世界王者に輝いている。

当時、世界最大の総合格闘技イベントだった「PRIDE」では川尻が戦っていた中量級に陽の目が当たり始めた時期だった。
シャオリンを倒して修斗の王者になった川尻は、満を持してPRIDEに参戦する。

PRIDE〜魔裟斗への挑戦まで

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PRIDEで幸先よく2勝した川尻は、PRIDE武士道のエースだった五味隆典と対戦。

火の出るような打ち合いで、五味にヒヤリとさせる場面もあったが、激闘の末にチョークスリーパーで敗北。
この試合はヘビー級の試合を差し置いて、年間ベストバウトに選ばれ、ヘビー級一辺倒ではなく、中量級が主役になり始めたことを象徴する試合だった。

と同時に、「川尻は強いがどうも主役になれない」という印象が芽生え始めた試合でもある。

PRIDEではその後、ギルバート・メレンデスに敗れた以外は全勝。

そしてPRIDE消滅後は、後継団体であるDREAMに参戦。
DREAMには五味隆典が参戦しなかったことから、青木真也と並んでエース級の扱いを受ける。

DREAMでも基本的には勝ちが先行するが、エディ・アルバレスのような強豪になると、やっぱり善戦はするけど勝てなくなってしまう。

それを唯一覆したのが、HERO'Sの絶対王者だったJZカルバンを完封した試合で、カルバンを超えた川尻は一皮向けたんじゃないかと思われた。

そしてカルバン戦の次は、あの魔裟斗のK-1 MAX引退試合の対戦相手に選ばれることになる。
(魔裟斗は引退発表から2度試合を行うと発表して、その初戦の相手が川尻だった)

魔裟斗、青木真也に敗北

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なぜ川尻が魔裟斗と対戦できたのかというと、当時K-1選手がK-1ルールで総合格闘家に負けることが相次いでおり、川尻もK-1選手の武田幸三からKOしたことで、「K-1 vs 総合格闘技」という図式が盛り上がっていたからだ。

そして川尻が魔裟斗の対戦相手に名乗りを挙げたことで、この試合が「K-1代表 vs DREAM代表」という異種格闘技戦として異常に盛り上がることになった。
おそらく現在までに日本の格闘技で最も盛り上がった試合の一つだろう。

ここで川尻が勝てば正真正銘スターになれたわけだが、やはりこの試合も負けてしまう。それもズタボロに。
まあK-1ルールの魔裟斗に勝てる選手は、総合格闘家ではおそらく誰もいなかったから仕方のない話ではあるが。

その後、DREAMでの再起戦は難なく勝利し、青木真也の持つDREAMライト級のタイトルに挑戦する。
青木は日本代表としてアメリカに乗り込んだが、ギルバート・メレンデスに惨敗したことで、「そろそろ日本のエースは青木じゃなくて川尻じゃないのか」というムードが漂っていた。

何なら川尻勝ち予想の方が多かったくらいだ。

ついに川尻がスターになる時がくる、と思われたが…結局この試合も1R開始早々にアキレス腱固めで一本負け。
つくづく川尻は一番大事な試合で勝てない選手である。

その後、ジョシュ・トムソンというアメリカの強豪選手に勝ったことで、ストライクフォースという当時UFCに次ぐ団体のタイトルマッチに抜擢されたが、結局この試合もボロボロにやられてしまった。

フェザー級転向、UFC参戦

しかし川尻のピークは実はそこではなかった。
ライト級(70kg)でも筋骨隆々の肉体をしていたが、そこからさらに5キロほど絞ってフェザー級に落としてからが全盛期だった。

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フェザー級の強豪選手であるヨアキム・ハンセンと、宮田和幸を2人続けて肩固めでタップを奪い勝利。
宮田和幸から勝利した後に、自らこの肩固めを「川ちゃん固め」とマイクパフォーマンスで名付けたことで、「川尻=川ちゃん固め」というイメージがついた。

その後、国内では無敵状態だったが、DREAMが消滅したことで、世界最大の団体UFCに移籍する。
当時UFCでは新陳代謝が著しく、日本人選手が昔の名前で参戦してもまるで勝てなかったが、「川ちゃんならあるいは…」と期待されていた。

UFCではデビュー戦からセミファイナルに抜擢され、キャリア8戦8勝で飛ぶ鳥を落とす勢いだったショーン・ソリアーノから2R一本勝ち。

しかし2戦目に重戦車のようなクレイ・グイダのパワーの前になすすべなく敗れるが、網膜剥離の手術を乗り越え、次戦はランキング12位のデニス・シヴァーに勝利。

ランキング一桁も見えてきたところだが、「1リットルレモン一気飲みギネス記録保持者」のデニス・バミューデスに敗北。
さらにランキング5位のカブ・スワンソンにも敗れたことで、UFCから見限られる存在となり、態度をハッキリしないUFCに見切りをつけて自らリリースを申し出ている。

余りにも惜しすぎる格闘技人生

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川尻達也はこれまで「ここで勝てば川尻の時代になる!」というところで、残念ながら全敗を喫してきた。

PRIDE武士道での五味隆典戦、DREAM初年度のエディ・アルバレス戦、K-1での魔裟斗戦、DREAMタイトルマッチの青木真也戦、ストライクフォースでのギルバート・メレンデス戦の計5回くらいだろうか。

もちろん何度も何度もその土俵まで上がること事態が凄いことではある。
5回もチャンスを持ってきた事自体が賞賛に値するが、これらの試合で全てKO負けしているというのが、川尻が今ひとつスター選手になれない要因だろう。

10年以上に渡って第一線で戦ってきて、常に人気選手ではあるが、主役にはなれなかった。
これほどベジータ的な男は他にいるだろうか、いやいない。(反語)

三度の網膜剥離を乗り越えた不屈の精神

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網膜剥離とは、網膜が神経網膜から剥がれ落ちる病気のことで、状態が悪いと失明することがあるくらい重大なものだ。
頭部に打撃を受ける格闘家はなりやすい病気で、2013年3月までボクサーが網膜剥離になった場合は引退を余儀なくされていたらしい。

川尻はこれまで公表してこなかったが、2014年までに2度網膜剥離となっていていて、2014年に3度目の網膜剥離になってしまった。

3度も網膜剥離になってしまったら、もはや引退の可能性の方が高いくらいで、本人も当初は「復帰できる可能性がある」と語っていたくらいだったが、1年後に復帰している。

もはやその事実だけで凄いが、復帰戦以降はUFCで2連勝しているというのも凄い。

川尻という選手はやはりベジータの生き写しのような男で、強さだけをひたすら追い求めている。
正直トップ選手と比べれば才能ではかなり劣っている部分はあるが、それを飽くなき努力によって埋めてきた。

今でこそ筋骨隆々のイメージが強いが、陸上をやっていた時代はガリガリだったらしい。
「日本人だからといって力を捨てるのは嫌だ」ということで人の何倍もウエイトトレーニングを行った結果、外国人に対しても力負けしない肉体を手に入れている。

それを見習って俺もブログ初心者だからと言い訳をしないで、1記事1記事に全力を注ぐようにしている。

UFCを自主的にリリース

世界最大の総合格闘技団体であるUFCは選手の入れ替わりが非常に激しい。
世界中からUFCに参戦しようとする有望な選手が押し寄せてくるので、見込みのない選手はあっという間にクビになってしまう。

具体的には、あまり良くない内容で参戦から2連敗すると即リリース(クビ)になってしまう。

実績のある選手でも、年齢の衰えからトップが狙えないとなると容赦なく切り捨てられる。

川尻もUFCで3勝1敗の時点まではトップを狙える可能性があったが、ランキング8位、5位の選手に連敗したことでトップは無理だと判断され、UFCからリリースの対象になっていたらしい。

ただ実際にリリースされることはなく、川尻の方から「どっちなんだ」と聞いても2ヶ月くらい保留になっていて、年齢的なこともあって、UFCに見切りをつけて自らリリースを申し出るという異例の行動を取っている。

そしてUFCを離脱したあとは、日本の総合格闘技イベントの「RIZIN」に参戦が決まっている。

RIZINはPRIDEの後継団体でテレビ放送していたり華やかなイメージがあるが、その実世界レベルの選手はほとんど在籍していないので、川尻はRIZINきっての実力派ファイターだ。

残り少ないであろう格闘技人生をRIZINで終えることになるかもしれない。

大晦日にクロン・グレイシーと対戦

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2016年大晦日のRIZIN大会では、色物の試合が並んでいる中、超実力派カードとして「川尻達也 vs クロン・グレイシー」という対戦が決まった。

クロン・グレイシーヒクソン・グレイシーの息子で、アブダビコンバットでも優勝している寝技世界最強とも言われる選手だ。
クロンはRIZINでは山本アーセン、所英男から寝技地獄で完勝しているが、同体格で実績豊富な川尻との一戦はむしろ川尻が有利だと見られていた。

試合は序盤からクリンチの攻防が続き、クロンはクリンチからアッパー、川尻はクリンチからボディーを叩く消耗戦となる。
川尻としては得意の展開だったが、クロンの予想外の適応力に多くの観戦者が驚かされた。

しばらくクリンチに付き合っていたクロンだが、やがてグランドに引き込むと川尻を完全にコントロール。川尻は極められそうになりながらも、紙一重で交わし続けるも、クロンの関節地獄の前に確実に消耗していく。

1Rは何とかしのいだが、消耗が激しい川尻は2Rに再び関節地獄に引き込まれて、チョークスリーパーで一本負けを喫してしまった。

敗れはしたものの、RIZINとしては歴代ベストバウトとも呼ばれるほど、非常にハイレベルかつスリリングな展開だったため、決して川尻の評価が下がったわけではない。
相変わらず惜しい試合が続き、あと一歩のところで爆発しきれない印象が拭えないが、格闘技キャリアの最終章として最後にもう一花咲かせて欲しいところだ。